吉田がお伝えする今日の校舎

2016年02月17日

②城の防備性という観点で、非常に防御力が低いこと。

こんにちは。吉田桂介です。

 

安土城について長々と語っておりますが、僕が一番好きな城なので、

お許しください。(笑)

 

本日は②城の防備性という観点で、非常に防御力が低いこと。

についてです。

 

まず近世城郭。大阪城と姫路城の平面図をご覧ください。

 

大阪城

oosatizu1

姫路城

81306024005753

 

まず基本的に、城というものは防御力がすべてです。

敵が攻めてきても、容易には攻め落とせない構造でなくてはいけません。

そのため堀を作り、門を作ります。

そして、城の中心(本丸)までの道は、直角を多用し、ところどころ道幅を極端に狭くすることで

スムーズな敵軍の侵攻を防いでいます。

当然のことながら、本丸へと続くまっすぐな道はありません。

 

 

では、安土城の平面図を見てみましょう。

安土城

shiro_03_02_01

 

地図中の赤い線をご覧ください。

大手道と言われる道です。

驚くべきことに、大手門(城の正面玄関)から本丸へと一直線に伸びています。

 

これは、城としてはあってはならないことです。

大手門を破られた場合、即座に敵が本丸近くまで進行してしまいます。

実際、本能寺の変時に城の居留守役をしていた、蒲生賢秀という武将は、信長が死んだと分かった瞬間、織田一族を引き連れて自分の居城に落ち延びています。

優秀な武将だったといわれる蒲生賢秀は、安土城の防御性の低さを知っていたのでしょう。

このような構造の城は、これまでもこれからも存在していません。

 

 

では、なぜこのような構造だったのか?

実際のところ、正確には分かっていませんが、③にも関係してくる「天皇」に関連することだと考えられています。

 

もう一つの理由としては、天下人の居城としての見栄えです。

imgres

 

これはCG映像ですが、大手門から天守閣までまっすぐ続く道は、城外から見ると一種の威圧感と畏敬の念を起こさせます。

 

こんなすごい城に住む信長すごい!と思う大衆心理を狙ったものだとも考えられます。

 

次回は信長と天皇の関係についてです。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
栄進数理進学会
http://eishin-akabane.com/
住所:東京都北区赤羽2丁目45-3 酒本荘1F
TEL: 03-5939-9915
mail: info@eishin-akabane.com
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

PAGETOP