②城の防備性という観点で、非常に防御力が低いこと。
こんにちは。吉田桂介です。
安土城について長々と語っておりますが、僕が一番好きな城なので、
お許しください。(笑)
本日は②城の防備性という観点で、非常に防御力が低いこと。
についてです。
まず近世城郭。大阪城と姫路城の平面図をご覧ください。
大阪城
姫路城
まず基本的に、城というものは防御力がすべてです。
敵が攻めてきても、容易には攻め落とせない構造でなくてはいけません。
そのため堀を作り、門を作ります。
そして、城の中心(本丸)までの道は、直角を多用し、ところどころ道幅を極端に狭くすることで
スムーズな敵軍の侵攻を防いでいます。
当然のことながら、本丸へと続くまっすぐな道はありません。
では、安土城の平面図を見てみましょう。
安土城
地図中の赤い線をご覧ください。
大手道と言われる道です。
驚くべきことに、大手門(城の正面玄関)から本丸へと一直線に伸びています。
これは、城としてはあってはならないことです。
大手門を破られた場合、即座に敵が本丸近くまで進行してしまいます。
実際、本能寺の変時に城の居留守役をしていた、蒲生賢秀という武将は、信長が死んだと分かった瞬間、織田一族を引き連れて自分の居城に落ち延びています。
優秀な武将だったといわれる蒲生賢秀は、安土城の防御性の低さを知っていたのでしょう。
このような構造の城は、これまでもこれからも存在していません。
では、なぜこのような構造だったのか?
実際のところ、正確には分かっていませんが、③にも関係してくる「天皇」に関連することだと考えられています。
もう一つの理由としては、天下人の居城としての見栄えです。
これはCG映像ですが、大手門から天守閣までまっすぐ続く道は、城外から見ると一種の威圧感と畏敬の念を起こさせます。
こんなすごい城に住む信長すごい!と思う大衆心理を狙ったものだとも考えられます。
次回は信長と天皇の関係についてです。
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