五右衛門と秀吉
こんにちは。吉田桂介です。
久しぶりに歴史ネタです。
石川五右衛門。彼は安土桃山時代に活動した大泥棒です。豊臣政権等の権力者から金品を奪って、貧しい人々に分け与える庶民の英雄的人物として多くの物語に描かれている人物です。また、最後は捕らえられて釜茹での刑にされましたが、その時に使われた形状の釜が「五右衛門風呂」と名付けられて、現代でも温泉で使われています。
豊臣秀吉はみなさんよくご存じだと思うので書きません。
この生まれも育ちも違うと思われる2人の人物。実は昔なじみだったという伝説が残っています。
幼いころはともに遊び、成長してから方や泥棒、方や武士として出世しました。この伝説には続きがあり、それは五右衛門が逮捕された場面です。秀吉は世に聞く大泥棒、五右衛門が秀吉の持つ秘宝を狙っているという噂を耳にしました。そこで秀吉、五右衛門を捕らえるための罠をしかけました。若いころから知恵者と言われた秀吉は万全の罠を仕掛け待ち受けます。五右衛門も大泥棒の名に恥じぬ大胆さで秘宝を盗み取ろうとします。しかし、結果は秀吉の勝利でした。五右衛門を捕らえさせた秀吉は、大泥棒の顔を見に牢屋へ行きます。それは彼らの約40年ぶりの再会でした。しかし、2人は再開を喜ぶことはできません。知り合いだと認めることは、双方の立場上不可能なことだったのです。
昔なじみであった五右衛門を、助けたい秀吉の心を知ってか知らずか、五右衛門は釜茹ででの処刑を希望します。
これは最も残酷な刑の一つです。熱湯で皮膚が焼かれ苦しみ悶えながら死んでいくのです。そうすることで、豊臣政権の、罪に対する厳格さは世に広まることでしょう。
その後、友情を重んじ五右衛門の希望通りの処刑を行った秀吉は、民衆の味方を処刑したことで、民衆からの非難にさらされることになりました。
ここで物語は終わります。神は残酷です。友情と立場、正解は何なのか、人間に問いかけるのです。
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